料理が好きな人なら、
わかってもらえると思うんだが、
いろんな料理をしていると、
気づいたら調味料が増えていく。
気がつけば、棚がずらりと調味料で埋まっていた。
でも、塩だけで味付けした料理が、
妙に旨かったりすることがある。
素材そのものの味が、
ちゃんと前に出てくるんです。
そんなとき、思うこと。
それは、
「そうなんだ。
僕は、調味料研究家や
調味料コレクターになりたいんじゃない。
ただ、美味しい料理を作りたいだけなんだ」
ということ。
あの調味料も使って、
この調味料も使ってってやっていると、
これ何料理?ってなることも多々ある。
素材が良ければ、
塩だけでも十分美味しいのに。
選ばないという選択肢を持った先に・・・

あのスティーブ・ジョブズが
毎日同じ服を着ていたのは有名な話だが、
「選ばない」ということの力は、
案外あなどれない。
凛筆ではインクを
ブルーブラック一色に限定しているのも、
全く同じ理由からだ。
万年筆の世界には、
星の数ほどのインクがある。
赤、緑、紫、ピンク。
色とりどりの小瓶を集める
「インク沼」と呼ばれる
楽しみ方があるのも知っている。
でも、僕はあえて問いたい。
あなたは今、インクの色を選ぶために
万年筆を手にしようとしているのか?
違うはずだ。
朝から晩まで、上司の顔色を窺い、
部下の不満を受け止め、
家では妻や子供たちのために動き続ける。
その果てに、
やっと自分のための時間が訪れる。
そこで
「さて、今日は何色にしようか」
と迷い始めてしまったら——
その瞬間、
せっかくの自分の時間がまた、
選択というノイズ(脳への余計な負荷)に
侵食されてしまう。
色という選択肢を捨てることで、
初めて「書くこと」そのものに、
全リソースを注ぎ込める。
そのことに、僕は気づいてしまったんだ。
不自由さがもたらす自由

「自由」というのは、
時に人を縛り付け、
酷く疲れさせる。
「何色を使ってもいいですよ」と言われると、
僕たちの脳は無意識のうちに
「どの色が正解か」
「今の気分に合う色はどれか」と、
またしても不要な選択(ノイズ)の
処理を始めてしまう。
万年筆のインクも、
全く同じだと思わないか。
赤や緑、紫といった色を選ぶ楽しさを
否定するつもりはない。
でも、インクの色選びに
脳のリソースを溶かすくらいなら、
そのエネルギーをすべて
「今、自分が何を考えているか」
「どう生きたいのか」
を綴るための思考力に全振りしてほしい。
色という選択肢を強制的に排除する
「不自由さ」。
それが、
情報の波に溺れかけたあなたの思考を、
最も自由にしてくれる。
ブルーブラックという「静寂」の選択

では、なぜ黒でも青でもなく、
ブルーブラックなのか。
ここは、正直に言います。
最初から確信があったわけじゃない。
ただ、使い続けるうちに、
この色にしかない「何か」があることに気づいた。
鮮やかな色は、目を引く。
確かにそうだ。
でも、一日中パソコンのモニターを眺め、
スマホの通知に追いかけられ、
会議室の蛍光灯の下で
神経をすり減らしてきたあなたにとって、
鮮やかなインクの色は
新たな刺激(ノイズ)にしか
ならないんじゃないか。
僕はそう思うようになった。
そう、ブルーブラックは、刺激しない。
仕事の書類にも使える理性的な青と、
人間の生々しい感情を
そのまま受け止めてくれる黒が、
静かに、深いところで溶け合っている。
太陽が昇る直前の、
誰もいない空の色。
ペン先から紙の上に滑り出る
その青黒い線を眺めていると、
ささくれ立っていた脳内のノイズが、
すーっと凪(な)いでいくのを感じる。
気合いを入れる必要はない。
奮い立たせなくていい。
ただ、静かに落ち着きゆく自分と
向き合うための色。
僕には、そう感じられた。
変わらない一色が、変わっていく自分を映す

ブルーブラック一色で書き続けることには、
もう一つ、僕が大切にしている意味がある。
それは、
変わっていく自分を残しておくことだ。
人間は、変わり続ける。
老いていくし、
忘れていくし、
今のままではいられない。
残念ながら。
福祉の現場で多くの人生に関わっていると、
そのことを嫌でも実感する。
昨日まで当たり前にできていたことが、
いつかできなくなることもある。
大切にしていたものへの気持ちが、
いつの間にか変わっていることもある。
でも僕は、
その移ろいゆく不完全さの中にこそ、
人間の美しさがあるのだと思っている。
だから、書いて残しておきたい。
半年前、
「もう限界だ」と書いた夜。
仕事が少しだけうまくいって、
誰にも言わずに
こっそり嬉しさを噛み締めた日。
家族に腹を立てたこと。
自分自身を情けないと思ったこと。
そのときはただの感情だったものが、
時間を置いて読み返すと、
少し違って見えることがある。
「あの頃の自分は、こんなことで悩んでいたんだな」
そう思えるだけでも、
自分が少し前へ進んだことに気づける。
インクの色は、いつも同じブルーブラック。
でも、
そこに書かれている自分は、少しずつ変わっていく。
変わらない一色があるからこそ、
変わっていく自分が見えてくる。
僕にとってブルーブラックは、
ただ文字を書くための色ではない。
過ぎていく自分の時間を、
静かに紙の上へ残していくための色なのだ。
一色のペンで、一生の思考を設計する

「これでいい」と妥協で選んだ道具は、
人生を豊かにしてくれない。
これは、家具を設計していた頃から、
ずっとそう思ってきた。
「これがいい」という確信だけが、
長く続く習慣の土台になる。
万年筆のキャップを開ければ、
そこには常にブルーブラックだけが待っている。
色に迷う必要がないから、
「書く」という行為への
摩擦(心理的なハードル)が減る。
摩擦が減ると、
習慣化は驚くほど加速する。
年下の上司に、
理不尽さを感じた夜も。
部下の成長に、
少しだけ胸が熱くなった日も。
家族の輪の中で、
なんとなく透明になってしまったような、
孤独な週末も。
ただこの一色を、
真っ白な紙に落としてみてほしい。
その泥臭くて、
不格好で、
でも一本筋の通った青黒い線が、
あなたの中の何かを、
きっと「凛」と立て直してくれる。
僕はそう信じて、この一色を選びました。


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