ボールペンを握る時、
あなたは無意識に力を入れすぎていないか?
きっと、気づいていないと思う。
おそらくそれは、当たり前のことになってしまっているから。
部下からの報告書に赤を入れる時。
会議の議事録を走り書きする時。
上司への返答をメモする時。
しかし、それはなぜか?
実は力んでるのは、もっと別のところだ。
上司の理不尽な一言を、笑顔で受け流した時。
部下のミスを、怒鳴らずに諭した時。
家に帰っても、妻や子供たちの空気を読んで、自分の疲れを押し込めた時。
朝から力んで、昼も力んで、夜も力んで。
ソファーに倒れ込む頃には、
頭も、心も、何もかもがすり減っている。
その力みは、精神の話だ。
そういった精神的な力みは、物理的な力みになる。
要するにボールペンで文字を書くとき、必要以上に力んでしまってはいないか?
そんなあなたに、一つ聞いてみたい。
万年筆が「疲れない」と言われる理由を、知っているだろうか。
魔法でも、高級品だからでもない。
ある物理法則がもたらす効果が、その答えだ。
その法則の名前を「毛細管現象」という。
毛細管現象と、0.1mm以下の「隙間の設計」
毛細管現象(もうさいかんげんしょう)という言葉を、
理科の授業以来聞いていないという人も多いと思う。
そんな言葉を習ったことすら、
忘れてしまっている人がほとんどだろう。
簡単に言ってしまえば、
細い管の中を、液体が重力に逆らって
自ら上昇していく現象のことだ。
植物が根から水を吸い上げ、
葉の先まで届けられるのも、
この現象によるものだ。
セロリを赤い色水に浸けておくと、
茎が赤く染まっていく。
あれも、毛細管現象だ。
万年筆のペン先には、
中央に一本の細いスリット(切り割り)が入っている。
このスリットは、
ペン先の根元にある小さなハート型の穴
(一般的にはハート穴と呼ばれているが、円形の穴の方が多い)から、
ペンポイントと呼ばれる紙と触れる先端まで、
一本の線のように続いている。
このスリットの隙間の幅は、0.1mm以下。
その細さゆえに、毛細管現象が働く。
そう、この細いスリットが、
上記した細い管の役割をはたす。
インクはこのスリットを自ら進み、
重力に逆らって、ペンポイントまで運ばれていく。
「重力に逆らって」と書いたが、
実際、ペン先を上に向けても紙に文字を書くことができる。
つまり、書き手が力を加えなくても、インクは自然に紙へと向かっていく。
その0.1mm以下の隙間は、 ただの飾り(意匠)ではない。
インクを自然に流すために、緻密に計算された「設計」だ。
万年筆とは、そういった緻密な設計を集約した道具だ。
ちなみに、ハート穴には別の役割もある。
ペン先がしなる時に生じる金属疲労を、
一点に集中させずに逃がすための「逃げ穴」でもある。
力を逃がす設計。
思えば、職場でも同じことがある。
理不尽な言葉をぶつけられた時、
真正面から受け止めようとすると、いつか折れる。
うまくやれている人は、どこかで力を逃がしている。
聞き流す、というと語弊があるが、
一点に集中させない術を、無意識に持っているように感じる。
力まなくていい。ただ、触れるだけでいい
ボールペンは、摩擦の道具だ。
油性インクをペン先の金属ボールを経由して
紙に擦りつけることで、文字が生まれる。
そのため、ある程度の筆圧が必要になる。
紙に押しつける力がなければ、インクは乗らない。
そうは言っても、それほど強く押し付ける必要はない。
しかし、精神的に力んでいる時は、
必要以上にペンを強く握って、
紙に強く押し付けているように感じる。
一方、万年筆は違う。
毛細管現象によって、
インクはすでにペンポイントまで運ばれている。
紙に触れた瞬間、
毛細管現象の均衡が崩れ、インクが自然に紙へと移っていく。
力はいらない。
ただ、紙に触れるだけでいい。
僕が福祉の現場にいた頃、こんなことを学んだ。
言葉を引き出そうと前のめりになればなるほど、
相手は黙ってしまう。
「どうしたんですか」
「何が辛いんですか」と畳み掛けても、
心の扉は開かない。
ただ、隣に座って、静かに待つ。
その人のペースに合わせて、ただそこにいる。
そうすると、不思議なことに、
言葉は自然に溢れ出してくることもある。
万年筆が紙にインクを流す仕組みと、
これはどこか似ていると思う。
力んで引き出そうとするのではなく、
ただ触れることで、自然に流れ出す。
日々、力み続けているあなたに、
万年筆はそっとこう言っている気がするんです。
「もう、そんなに力を入れなくていい。
ただ、紙に触れるだけでいい」と。
思考も感情も、力んで引き出すものじゃない。
ただ、ペンを持って、紙に向かう。
それだけで、言葉は静かに、自然に流れ出てくる。
自分をすり減らさないための「装置」
万年筆とは何か、とあらためて考えてみる。
筆記具だ。
当たり前のことだ。
でも、それだけじゃないと思っている。
毛細管現象という物理法則を設計の中に組み込み、
書き手が力まなくても書けるようにした道具。
それは、力み続けることに慣れすぎてしまった僕たちに向けた、
ある種の「処方箋」だと感じる。
一方、ボールペンで書き続けることは、
日々の仕事に似ている。
力を入れなければ前に進まない。
摩擦に勝ち続けなければ、何も残らない。
でも、家に帰ってまで、力み続ける必要はない。
万年筆を手に取り、紙に触れる。
ただそれだけで、インクは流れ出す。
思考も、感情も、一緒に流れ出す。
それは、力むことをやめ、
自分の内側を静かに紙に定着させるための「自己回復の装置」だ。
毛細管現象は、0.1mm以下の隙間があれば、
重力に逆らって液体を運ぶ。
私たちの中にも、そういう隙間を作る必要がある。
疲れ切った一日の終わりに、
万年筆を持ってノートを開く。
その小さな隙間。
その隙間さえあれば、言葉は自然に流れ出す。
力まなくていい。
ただ、触れるだけでいい。
万年筆は、そういう設計になっているんです。

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