凛筆に込めた想い〜店主のプロフィールとデザインの想起〜

目次

凛と、筆する。―― 迷える大人の自尊心を再構築する「凛筆」という生き方

凛と、筆(ひっ)する。

凛筆(りんぴつ)とは、
人生の道に迷った僕が行き着いた

書くこと、そして書き続けることで
「凛」とした状態であろうとする試みだ。

僕は「凛」としていたい。
凛々しくありたい。

そのことで、自尊心を再び呼び起こしたい。

そう思っている。

「凛筆」の「筆」という文字を
「ひつ」と読んだ場合、
当然、「ふで」という意味もあるが、
ふでなどで書くこと、書いた文字、文章などの
意味にもなる。

「凛筆」の「筆」という文字には、

書く道具としての
「ふで」などを超えた想いを込めている。

「書くこと」と言っても、
何を書くか、何で書くか、どう書くか、

そして、如何にして書き続けることができるのか。
といったことも含める。

そして、その先に「凛」とした状態が待っている。

僕はそう信じている。

「凛」とは、国語辞典には

態度が引き締まっている様。
凛々しい様。

とある。

背筋がピンって伸びた状態をイメージできる。

そこには、自分の想いや考えに対して、
一本筋が通った揺るぎない信念を感じる。

そして、書くこと、書き続けることで生れる


自分の理想や信念に対して
忠実に生きること。

それこそが、
凛とした状態と言えるのではないだろうか?

しかし、今の僕は、怠惰で弱い人間だ。

そんな僕が、本当に

凛とした状態にあることができるのだろうか?

僕はずっと、 理想の自分、あるべき自分と
実際の自分との乖離に悩み、苦しみ、
葛藤し続けてきた。

そのことを少し掘り下げて書いていこうと思う。

【挫折】積み上げたキャリアの崩壊と、止まらない心の摩耗

僕は、武蔵野美術大学の建築学科を卒業した後、
家具メーカーに就職して、
家具の商品開発や設計の仕事に携わってきた。

多忙な日々ではあったが、
やりがいがあり、楽しかった。

毎日遅くまで残業していたが、
大して気にならなかった。

ただ、だんだんと理想と現実のギャップを感じ、
さらには、
自分の能力や才能と仕事に必要なスキルが
かけ離れていることに気づき、

それがなかなか埋められないことがわかってきた。

処理してもどんどん湧いてくるタスク。

徐々にストレスを感じるようになり、
眠れない日もあった。

眠れない日は、お酒に頼るようになって、
その量も増えていった。

仕事をしていても気分が落ち込み、
よくない精神状態であることは
自分でもわかっていた。

限界のサイン ―― 「精神科には行くな」という言葉の衝撃

そんなある日、

「お前、絶対精神科には行くなよ。
薬漬けにされるだけだからな。」
(※精神科に行くと薬漬けにされるかどうかは
個人的な見解です)

「えっ?あ、はい」

まさか、職場の先輩から
そんなことを言われるとは思っていなかったので、
僕は、戸惑った。

そうか、
周りからは精神科に行った方がいい状態だ
って思われているんだ・・・

実際、いくつかの精神科に電話していた。

しかし、どこも6ヶ月くらいは待たなければならず、

「じゃあいいです」
ってすぐに電話を切ってしまっていた。

逆に、精神科に通う人って多いんだな なんて、 ちょっと気が楽になったことを覚えている。

だから、自分はまだ大丈夫! と言い聞かせて、
もう少し頑張ろう!

そんな感じで、 頑張っていて、
しばらく経ってからの先ほどの先輩の言葉。

それでも、

「僕は、頑張ってるよな。

僕は今、好きなことを仕事に出来て、
日々充実した生活を送っているんだ。」

本当は、そう思いたかったんだ。

精神科に通った方がいいなんて、
思われたくなかった。

でも・・・

でも・・・

このまま行ったら、本当にうつ病になる。

そう思い、退職。

家具業界からも身を引くことになった。

そして、福祉業界に身を置くことになるわけだが、何かモヤモヤしていた。

【葛藤】「このまま人生終わるのか?」という問いと、消えた威厳

10歳年下の上司と、家での「スマホを見ている人」という呼称

そんな折、同じように
モヤモヤしている友人と飲みに行った。

「なぁ、すぎ(僕のこと)、
この前さぁ、って言っても数年前だけど、
俺係長に昇進したじゃん」

「そうだね。
そんときは42、3歳くらいだったかな?」

「でね、今度は、10歳年下の後輩が、課長だって」

「年下の上司かぁ、そんなのよくある話じゃん」

僕は、友人からの
相談とも思えるこの会話に対して、

少し突き放す聞い方を
してしまったことを後悔した。

きっと悩んでいたんだろう。

「俺は、係長止まりなんだろうな。
っていうか、部下にはそう思われていると思う。
家じゃ、嫁さんと娘には相手にされないし・・・」

彼は、そこそこの企業に勤めていて、
係長に昇進したときは、

(こいつは順風満帆の人生を
歩んでいくんだろうな)

なんて、勝手に思っていた。

だが、そうでも無さそうな風向きになっていた。

いや、それは、
今に始まったことではないのだろう。

20代の頃は、夢も希望もあった。

それが、30代、40代になって来ると、
だんだんと現実が見えてくる。

このまま僕の人生は終わってしまうのか?

僕は、いわゆる、
ミッドライフクライシスに陥っていた。

彼もきっと同じなんだろう。

僕には、年下の上司はいないが、
年上の部下は何人もいる。

そのことは、仕事をやりにくくしている要因だ。

僕も彼と同じ中間管理職。

それなりのストレスはある。

だから、彼の気持ちもよくわかる。

でも、サラリーマンなんてそんなもんだ。

なんて、“聞き分けのいい大人”になっていた。

それでも、

「このまま僕の人生は
終わってしまうのか?」

それ以来、この言葉が頭から離れなかった。

僕は、何がしたかったんだ?

僕は、どうありたかったんだ?

悩んでも解決しない。

友人の彼もいろいろ悩んでいたようだ。

彼の奥さんと娘さんの間では、パパではなく

“ソファーで横になって
スマホ片手にテレビを見ている人”

と呼ばれていることを知ってしまったようだ。

そこには、父として夫しての威厳は微塵もない。

おそらく、彼は、
娘さんや部下からの信頼や尊敬を
得たいと思っていたのだろう。

【深淵】屈辱を「書くこと」で塗り替えた、幼き日の記憶

左利きという「欠陥」を、右手の「賞賛」へ変えたプラスのスパイラル

僕は、過去にも挫折を味わったことがある。

確か、小学生の低学年くらいだったと思う。

僕は、もともと左利きだった。

だが、野球をする時はなぜか 左投げ右打ち。

野球をやられたことがある人なら
分かると思うんだが、
これってホント、使えない奴。

ただ、サッカーに関しては重宝された。

小学校の時は、
左利きで足が速いって言う事だけで
レギュラーになれた。

また、箸と鉛筆も左だった。

それが、事もあろうか、
小学校2年生位だったと思うだが、
急に右手に変えさせられた。

確か、授業で書道が始まるから
だったように思うんだが、 よく覚えていない。

今はそんなことさせられないと思うんだが。

小学校2年生位になれば、箸の使い方も
それなりにうまくできるようになっている。

でも、急に左手で食べろって言われると
やっぱりうまくできない。

小学生にもなって 食べ物をボロボロこぼしながら
食べなきゃいけないって

ホント屈辱だった。

当然、字を書くのも苦労した。

最初は、鉛筆を持つことでさえ
うまく出来なかった。

それでも、字はそこそこ“上手く”書けたようだ。

やっぱり、文字は右手で書くことを前提として
作られているんじゃないかなって思った。

箸は全然駄目だったが、字は褒められた。

それがすごく嬉しかったのを覚えている。

それから、必死になってめちゃくちゃ練習した。

褒められる。

嬉しい。

さらに練習する。

もっと上手くなる。

ますます褒められる。

こんな感じの
プラスのスパイラルが続くことになった。

しかし、実際は、
最初から字が綺麗じゃなかったんだ。

大人になってから当時書いた文字を見て、
僕は驚愕とした。

こんなに下手だったんだ・・・

そこで、僕は悟った。

実は、“字が書けた”と言うことに対して、
褒められていたんだ。

もともと左で書いていた文字を右手でも書けた。

そのことに対して、褒められていたんだ。

おそらく「上手に書けたね。」
なんて言われてんだろう。

「書く」こと自体を上手にできただけであって、
書いた文字が綺麗であったわけではなかった。

それを、「綺麗に書けた」と勘違いした。

褒めてくれたのは、先生か母親だった気がするが、
字を書くことが嫌いにならない様にするための
配慮だったのだろう。

ただ、どちらにしても、

最初から綺麗な字が書けたわけではなく、

必死で練習したから徐々に綺麗な字が書けるようなっただけだ。

それでも、勘違いにしても

褒められたことには変わりなく、
僕は字を書くことが好きになった。

特に、習字を習いには行かなかったが、
字が綺麗ということで一目置かれる存在になった。

才能の限界に直面しても、僕の手元に残った「書く」という武器

ただ、中学生になると、字の綺麗さでは、
どうしても勝てないと思う奴が二人いた。

やはり、
上達するには習字を習わないといけなんだな。

と思うようになった。

また、その二人は、もともと字が綺麗で
習字の才能があったんだと思う。

僕みたいに才能はないが、
ただ頑張っただけの凡人には限界がある。

それでも、当時の僕は、
そこそこ字を綺麗に書けるし、

いくら頑張っても
その二人には勝てそうにないと思った。

また、その当時(中学生の時)は、
習字を習いに行くより、
サッカーをしていた方が楽しかった。

だたひとつ言えることは、
左手から右手に変えさせられたことで味わった
挫折、屈辱を

僕は、書くことで
乗り越えたということだ。

【転換】「何者かになる」ことを捨て、「どうあるか」を問う

不惑を過ぎても迷いの中にいるあなたへ。スターバックス元CEOが教える「to be」の真髄

僕は、小学生の時に味わった挫折や屈辱を
書くことで乗り越えた。

ただ、そんなことはすっかり忘れ去られていた。

40歳を過ぎた辺りから、
自分は本当は何がしたいのだろうか?

ということを悩み始めた。

上記したように
ミッドライフクライシスに陥っていた。

孔子は、40歳を「不惑」なんて表現したが、
僕は、40歳を過ぎても迷いまくりだ。

このまま僕の人生は終わってしまうのか?

という問いには、一向に答えが出ない。

それでも幸いなことに僕には、
人生の師匠(メンター)と呼べる人がいる。

その方から、

どう”なりたいか?”ではなく、
どう“ありたいか?”が大事だよ。

と言われ、“自分はどうありたいか”を
明確にするように言われていた。

当初僕には、“なりたい”と“ありたい”の違いが
分からなかった。

“なりたい”というと、
将来の夢は大抵“なりたい”と表現するように感じる。

野球選手に“なりたい”とか
ユーチューバーに“なりたい”とか

夢を持つことはいいことだし、
なりたいじゃダメなのか?

ずっと考えてきた。

そして、ある本に出会い、
その謎が解けたように感じた。

スターバックスジャパンの元CEOである
岩田松雄さんが書かれた
『ブランド 「自分の価値」を見つける48の心得』
という本だ。

少し長いが抜粋させていただく。

ブランド化された人のもっとも基本的な動作は、「to be good」(存在そのものが善であること)であるべきだと思います。

いついかなる時でも、相手が誰であっても、何をしている場合にも「善をなしえる」ということです。

これに対して「to do good」とは、善行をなすこと、単純によい行いをすること、という意味です。

しかし、いいことを意図的にするという行為は、何か見返りを期待していることにみられかねません。

親や先生に誉められたり、ちょっといい格好をしたかったり、社会に貢献しているという印象を与えたい、という効果を期待しているからです。

意識的に善を行う「to do good」では不十分なのです。

一方で「to be good」は、つねに存在そのものが善であるのです。

どうすれば得をするのか、どんな行動をすれば他人の目にどう映り、その結果自分がどんな評価を受けるかなどは関係ない。

意識しない自然な振る舞いとして、人と会えば相手を緊張させないよう笑顔をつくり、ゴミが落ちていればそっと拾う。

困っている人がいれば人知れず助け、人の世話になれば礼を尽くし、会議で出されたお茶カップは、終わったときに片づけやすいように1か所に寄せておく。

本人にとってまったく普通のことが、自然と良い行い(=善)になっているのです。

例えば、自分自身が“善でありたい”と
思っているのであれば、

ここに書かれているように
“存在そのものが善である必要がある”
と言うことなんだな。

どうなりたい?とどうありたいか?の違いが
なんとなくわかってきた。

と思う反面。

難しい・・・・・・・・

そんな、聖人君主でもないのに
そんな状態になれるのか?

【変化】感情の嵐を鎮める「静寂の儀式」 ―― ジャーナリング

形のない不安を「氷」へと固める ―― 脳を整える手書きの魔力

じゃあ、僕はどうありたいのか?

真剣に考えた。

・かっこよくありたい。
・感謝される存在でありたい。
・優しくありたい。

確かにそうだ。

そりゃ誰しもかっこよくありたいよね。

感謝もされたいし、優しくもありたい。

確かにそうだ。

だが、何か違うように感じた。

そのため、さらに考えた。

いろいろ考えてはみるものの
浮かんでは消えていく様々な感情。

そして、時にはその感情がぐるぐる回って渦巻き、
不安にさせ、苛立たせる。

まるで、空を流れ行く雲の如く、
現れては過ぎ去り、時には台風のように渦を巻く。

色々考え過ぎてはいるものの、
一向にこれだというものを
掴み取れない日々が続いた。

そして、

そういった時に有効なのが、
言語化だという事がわかった。

その言語化についても
様々な手法があることを知った。

ブレインダンプ、マインドマップ、
そしてジャーナリング。

それは、自分の頭の中を整理するのに
非常に役立った。

また、今ままで掴み留めておくことができなかっ
フワフワとした感情や思いが、

カチッと手元に置いておくことが
できるようになった。

心の金庫を解錠する ―― 封印した「ものづくりへの愛」との再会

特に役立ったのが、ジャーナリングだ。

このジャーナリングをAIに聞いてみたら、

頭の中にあるモヤモヤ(形のない感情や思考)を、

言葉という形にして外に出す作業

と答えてくれた。

まさに、その通りだった。

当時の僕には打って付けの手法だった。

実際にはこのジャーナリングは、
とても奥が深く色々な効果があり、
一言では意表せないが、

僕は下記2点の目的で行ってきた。

  • 精神を落ち着かせる。
  • 自分自身の知る。

やり方は、簡単。

思ったことを書くだけ。

(もっと細かいやり方があるが、
ここでは割愛させていただく)

ただ、この思ったことを書くということが難しい。

特に日本人は、本音と建前という文化があるため、
人前では、基本的に本音は控える傾向にある。

特に僕は、内向的な性格のため、
なおさら自分の感情を表に出さない。

ただ、このジャーナリングは、
誰かに見せるものではない。

だから、
本当の本音を書いていくことが必要になる。

僕は、本音を書く努力をした。

そして、やはり、パソコンやスマホで入力するより
紙に手で書いた方が効果があるようだ。

吉田典生さんが書かれた
『「手で書くこと」が知性を引き出す 心を整え、思考を解き放つ新習慣「ジャーナリング」入門 』
という本には、下記のように書かれている。

「手書き」の方が脳を活性化し、記憶力や理解力を高めると言われている

キーボードを打つよりも手書きするほうが、指先が微妙で繊細な動きをします。

これが脳の集中につながり、より頭が働く状態をもたらすようです。

手書きによるジャーナリングではアルファ波が高まり、キーボードによるジャーナリングでは、手書きのときと比べてベータ波が高まりました。

脳波にはリラックスしているときにはアルファ波、イライラしているときにはベータ波、強い不安を感じているときにはガンマ波が出やすいといった基本的な傾向があります。

要するに、手書きでのジャーナリングは、

精神を落ち着かせて、
脳を活性化して、
集中力を高め、
脳をより良く働かせることが出来るようだ。

前職を辞めてからというもの、
僕は自分に自信がなくなり、

自己肯定感も低い状態だったと思う。

そんな状態が、何年も続いていたように思う。

僕は、家具業界やものづくりの現場から
逃げるように辞めた。

それでも、今も頑張っている元同僚がいる
と思うと、恥ずかしい。

今更前職の仕事には戻れない。

だから、設計だとかデザインだとか言う言葉は、
もう僕には関係ないものだ。

そう思い込ませていた。

そういった思いを僕の心の奥底に仕舞い込んで
鍵を掛けていたのだと思う。

それでも、これからの人生、
自分が納得できることをしたい。

そう思い、自己分析の類をいくつもやったり、
言語化したりもした。

紙にいろんな言葉や文章を書いてきた。

やはり、書くことは、自分の考えを固める行為だ。

雲を雨に変えて、掴み取れる氷のように
カチッとした形状にする行為だ。

ついに見つけた「凛」という羅針盤 ―― 揺るぎない信念の正体

そして、ついに掴み取ったのが「凛」と言う言葉。

凛としていたい。
(凛とした状態でありたい)

凛々しくありたい。

これだ!

辞書には

「凛」とは、態度が引き締まっている様。凛々しい様。

こう書かれているが、

僕の印象では、
それだけではないように感じていた。

全てを包み込む包容力のようなものや
胆力のような強さも含まれいるように感じた。

そして、何か一本の筋が通った
揺るぎない信念を貫いている状態のように感じる。

【習慣】10,000人に1人の「凛とした大人」へ

姿勢を正せば、心も整う ―― 「凛」が宿る一瞬を積み重ねる

そして、社会人になってからも相変わらず、
字が綺麗だねと度々言われる。

字を書くときは、それなりに綺麗に書こうという
意識はあったから、

年を重ねるごとに徐々にではあるが、
綺麗に書けるようになっていったのだと思う。

ただ、僕としては、自分より字が綺麗な奴なんて
いくらでもいると思っていた。

そういった書道教室の先生レベルの人たちと
自分を比べて自分はまだまだだし、

そういった書道家レベルに到達するための努力は
する気はなかった。

しかし、40代も半ばを迎えたとき、
自分には誇れるものが何もないことに気づいた。

仕事をする上での資格もほとんどない。

褒められることと言ったら
「字が綺麗だね」くらい。

でも、僕は、「字が綺麗だね」と褒められる度に、
ありがとうって言いつつも、

心の中では(そんなに綺麗でもないわ!)
なんて思っていた。

ただ、僕の中で何かが変わったんだと思う。

もう一度、昔のように字の練習をしよう
って思うようになった。

と言っても書き込み式の本を何冊か買って、
休みの日に少しづつ書いていった程度。

そして、気づいたことがあった。

僕は、やっぱり字を書くことが好きなんだと。

そりゃ、僕が唯一と言っていいほど
他人から褒められることだ。

それが、楽しくなくてどうする?
ってことなんだが。

字を書いているときは、嫌なことを忘れて
綺麗に書くことの集中できる。

雑念が入ると、綺麗に書くことができないから、

集中する。

当然、姿勢も正す。

やはり、

背筋をピンと伸ばした方が、字は綺麗に書ける。

そこで、ふっと思ったのが、

僕は、字を書いている時は「凛」としている
ということ。

僕のこうありたい=「凛」とした状態にありたい。

というものは、書くことで成し得るのではないか?

何か、点と点が線で結ばれたような感覚を覚えた。

ただ、上記した岩田 松雄さんの本によると、
「凛」とすることはできるが、
存在そのものが「凛」とした状態にあることとは
違う。

「凛」とした状態であるということは、

「凛」としていることが普通の状態で、
存在そのものが「凛」としている

ということ。

そのためには、どうしたらいいのか?

努力を無意識の「美学」へ ―― 街の看板さえも師になる日常

継続は、力なり。

かなり使い古されてきたこの言葉。

しかし、この言葉は正しい。

僕は、小学生の時からずっと、
字を綺麗に書こうとすることを続けてきた。

その想いに強弱はあるものの、
字を書く時は、
基本的に綺麗に書こうと意識してきた。

また、書くときだけではなく、
飲食店で手書きのメニューを見ると、

メニュー内容より、その書体を眺めてしまう。

何かを上達したいと思ったら、
常にそのことを意識していることが重要だ。

無意識に意識するレベルに。

書道にしても、教室に通っている
1、2時間だけ集中するのではなく、

道を歩いているときに目に入ってくる、
“毛書体で書かれたうどん屋の店名の看板”を見ては、
字のバランスを確認する。

そう言ったことを続けることで、
僕は徐々に字が綺麗に書けるように
なっていったのだと思う。

実際に文字を書かなくても、
常に意識してイメージトレーニングしていた。

今思うと、僕はそんなことを
無意識に続けていたことに気づいた。

そして、今でも無意識に行っている。

しかし、実際は続けることを苦手とする人が
多いようだ。

何かこうするといいよって言われて、
始める人が100人に一人。

その100人のうち続ける人は、
さらに100人に一人。

ということを聞いたことがある。

当然、100人に一人というのが、
すごく少ないという比喩表現だが、

何かを始めて続けるだけで、
10,000人に一人程度の希少な存在になれる。

だからこそ、

続けるためにはどうしたらいいのか?
ということを考え、学び、実践してきた。

その続けるという事のためには、
上記したように無意識にやれてしまうレベルに
達する必要があるのだということがわかった。

僕は、字を書くときに「凛」とすると書いたが、
それは、一時的に凛とするだけだ。

凛とした状態にあるということではない。

書くこと=凛とする、を繰り返し続けること、
要は、書き続けることで、

“凛とした状態にある”ことができるのではないか?

一時的に凛としたところで、
放っておくと氷のように溶けてしまう。

だから、それを繰り返すことが必要だ。

鍛治が、金属を何度も叩いて、

強固な刀に仕上げるように

何度も書いて言語化していく必要がある。

そのことが

一本の筋が通った信念に辿り着く。

それは、美しい刀のように
「凛」とした佇まいを醸し出す。

そんな風に思う。

僕たちの体は、食べたものでできているように

僕たちの心は、自分が発した言葉、書いた言葉、
触れた言葉で形成されるのだ。

だからこそ、「凛」とした状態にあるには、
書き続けることが必要だ。

【転換】聖具との邂逅 ―― 万年筆が「おっさん臭い」という偏見を壊した日

1,000円の衝撃 ―― 手書きの質感が「書いた字」を誇りに変える

僕が、字の練習を再開するため、
書き込み式の字の練習帳の本を買いに
本屋に行ったときのこと。

一緒にボールペンも買おうと思い、

文具コーナーにも立ち寄った。

そこで、目にしたのが、
「kakuno」という安価な万年筆。

当時の僕は、万年筆に対して、
あまりいい印象がなかった。

どこかおっさん臭いと言うか、
金色に光るペン先が、
これ見よがしに主張していてダサいと感じていた。

価格も高価で、自慢げなその態度がいやらしい。

ちょっと言い過ぎたが、
そんなイメージを覆す万年筆に出会った。

色のバリエーションが豊富でポップな印象。

ペン先は銀色(後から知るがスチール製)

そして、値段が1000円程度。

安い・・・・・

僕は、衝撃を受けた。

そして、すぐに手に取って購入を決めた。

ただ、インクはどうするんだ?

万年筆で字を書くには、
インクを注入する必要があることくらい
知っていた。

ずっと、万年筆を遠ざけてきたのは、
それが、面倒だ
という認識でいたということもある。

しかし、その万年筆のインクは、
カートリッジでワンタッチで交換することが
わかった。

すぐ近くにカートリッジも売っており、

「ペン先を取り外して、
このカートリッジを挿せばいいんだな」

ということがすぐに分かった。

僕は、その場で「kakuno」と言う万年筆と
インクのカートリッジを買って、
すぐに試してみた。

うん、悪くない。

これでいいじゃんってなって、
しばらくkakunoを使っていた。

なんだか、ボールペンで書くより、
字が綺麗に書ける。

綺麗に書けると言うより、
書いた字が綺麗に“見えるだけ”なのかも知れない。

いくら安物だとはいえ、
万年筆であることには変わりない。

インクのにじみ具合が、
ボールペンとの違いを感じた。

以前は、完全に敬遠していた万年筆だったが、
それ以来、少し気になる存在になっていった。

その後、少しずつであるが、
万年筆について調べていると

Lamy Safari と言う商品を見つけた。

この商品もカラーバリーションが豊富で、
ペン先が黒色だ。

ペン先が黒だからいい、と言う訳ではないが、
僕の偏見を覆すのには、役に立った。

また、初めて、万年筆にデザイン性を見出した。

そのLamy Safari も購入して使うようになった。

それからのいうもの、徐々に万年筆の魅力に
取り憑かれるようになっていった。

【希望】―― 「これでいい」を「これがいい」に変える「凛筆」という生き方

椅子の設計と万年筆の共通点 ―― 人生を豊かにする「正しい道具」の選び方

そして、ついに3万円以上する万年筆を購入した。

それが、PILOTのキャップレス。

初めてその万年筆を手に持ち、文字を書いた時、
背筋が伸び、「凛」とした感覚を思えた。

「kakuno」を使った時に感じた、
これ“で”いいじゃんが、

これ“が”いいに変わっていった。

使ってみると、

その万年筆は、しっかりとデザインされ、
丁寧に作られていることが分かった。

僕の中に眠っている何かが、
目覚めたように感じた。

この万年筆は、
止まっていた僕の時間を動かす鍵となり、

僕の心の奥の金庫を開けたのだ。

ものづくりの現場から離れてからというもの、
デザインというものは自分には関係のないものだと、自分に言い聞かせてきた。

しかし、この万年筆に触れていると、
以前、家具の商品開発や設計の仕事を
していた時のことを思い出させくれた。

家具の中でも
特に奥が深いと言われている「椅子」と
万年筆に共通点を見出していた。

デザインジャーナリストの山本雅也さんは、
自身の著書「インハウスデザイナーは蔑称か?」
にて

デザインの役割とは、

「人々の生活を幸せに、豊かにすること」

と書いている。

前職時代に読んで感銘を受けたこの本を
本棚から取り出して、読み始めていた。

僕は、この本を捨てることが出来ずに、
ずっと持っていた。

この万年筆は、
僕の生活を幸せに、豊かにしてくれる。

そう、思えた。

僕は、「デザイン」を心の奥底にしまい込んでいたが、
捨てたわけではなかった。

確かに僕は、デザイナーになるための
力量やセンスはなかった。

それでも、しっかりとデザインされ、
丁寧に作られたものが好きなんだ。

そう、再認識させてくれた。

久しぶりに味わう、ワクワク感。

万年筆を使って字を書きたいという、
感情が湧き出てきた。

上記にて、
続けることは難しい。
続けるためには、無意識にやっているレベルに
達することが重要だと書いた。

字を綺麗に書くためには、
たくさん字を書く必要がある。

自分自身を知る内省のためには、
ジャーナリングなどの手法を用いて
多くの文章を書いていく必要がある。

しかし、実際に続けることができる人は、
上記したように10,000人に一人程度。

とても難しいことだ。

ただ、この万年筆を手にしてからというもの、
自然と万年筆に手が伸びて、

続けることを容易にしてくれる感覚を覚えた。

そして、
なんでこんなに素晴らしい筆記具である万年筆を

なぜ今まで遠ざけていたのだろう?

と、今までの自分を悔やんだ。

おっさん臭く、ダサいという万年筆のイメージは、
カッコよく「凛」とした存在に変わっていた。

この素晴らしい筆記具を多くの人に広めたい。

実際に手に取って、
その素晴らしさを体験してほしい。

そのことで、
「凛」とした状態、
凛々しくあることができるのなら・・・

僕はそう思い立った。

デザインやものづくりという側面から
万年筆を語ることができるのではないか?

そう思った。

しかし、ブランクはある。

不安だ。

自分にできるのだろうか?

共に行こう ―― 書くことで「凛とした自分」を再構築する旅へ

凛とするとは、一本筋が通っていると書いた。

それは、自分が信じる道を歩み続けることで
成し得ると思う。

ジャーナリングによって、精神を落ち着かせ、
自分自身を知ることで、
その自分が信じる道を明確にすることができた。

そして、

僕は、デザイン性の高い万年筆を紹介することが、
これからの僕の道になると考えた。

その道を進む過程において、
徐々に「凛」となっていくのだと思う。

そして、もう一つ、万年筆について調べて、
実際に購入してようと思った時に感じたのが、

種類が多すぎて
どれを選んでいいかわからないということだった。

値段も1000円以下のものから
10万円以上のものまである。

しかし、パッと見は、どれも同じように見える。

万年筆は、書くという機能を果たす必要がある。

当然、クネクネ曲って入れては書きづらい。

必然的に棒状になる。

また、万年筆という筆記具は、
その機構から形を大きく崩すことができない。

そのため、万年筆のデザインは
多様な個性を出しづらいのかもしれない。

万年筆であるための制約が多いからこそ、
機能美が産まれ、
その思想が色濃く反映されるように感じる。

僕は、そこに魅力を感じたのだと思う。

そして、ここに
凛と、筆する。というコンセプトのもと。

「凛筆」という万年筆専門店のECサイトを
立ち上げた次第です。

繰り返しますが、

凛筆とは、書くこと、そして書き続けることで「凛」としていこうとする試みです。

僕はこれから書くことで
“「凛」とした状態にある”ことを目指します。

想像してみてほしい。

上司へ提出された書類に、
万年筆で書かれた美しい文字の付箋が付けられて返ってきたことを。

上司への見方が、ガラリと変わり、
威厳や格が一気に上がるはずだ。

そして、今後はあなたが、
部下へ万年筆で書いた付箋を付ける番だ。

その時の部下の表情を想像してほしい。

もうひとつ、想像してみてほしい。

今まで、リビングのソファーで
スマホ片手にテレビを見ていた人が、

書斎で万年筆を持ってノートに向かっている。

その姿が妻やお子さんには、どう映るのか?

家でスマホをいじっている姿は「怠惰」に見える。

しかし、
万年筆を持ってノートに向かっているその姿は、

家族の目に「何か思索にふけっている、知的な父」
として映るはずだ。

そこは、「凛」とした佇まいがあることを願う。

あなたも僕と一緒に“こうありたい自分”になるための道を一緒に歩みませんか?

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