デザインとは何か?

はじめに──なぜ、今「デザイン」を語るのか

多くの人は「デザイン」という言葉を耳にすると、
「色がきれい」「形がかっこいい」「スタイリッシュ」
といった“見た目の美しさ”を
思い浮かべるのではないでしょうか?

もちろん、色や形、装飾の美しさは、
デザインの大切な要素ではあります。

しかし、僕は、大学でデザインを学び、
家具の開発・設計に携わってきた経験から、
いつも痛感してきました。

デザインとは、本来もっと奥深い世界であり、
見えるものより、むしろ見えないものの方が重要であると。

いや、見えないものを顕在化して、
形にする行為がデザイン
ではないかとも思います。

どれほど色や形が美しくても、
「使いにくい」「壊れやすい」
「長く使いたいと思えない」ものであれば、
それはデザインとして成立していません。

逆に、何十年も愛されるプロダクト(製品)には、
表面には現れない“思想”や“設計の哲学”が必ずあります。

デザイン性の高い万年筆をお届けする
ECサイトを立ち上げるにあたり、
あらためて“デザインの本当の意味”を
考えてみたいと思います。

この記事は、
「デザインは色と形を決めることと思っていた」
という読者の方に向けて書いていきます。

あなたがこれから万年筆を選ぶとき、
あるいは日常の道具を見るとき、
ものを見る視点が少しでも変わってくれたら嬉しいです。

ただ、デザインという言葉は、
本当に多岐にわたって使われています。

だからこそ、その見解もさまざまです。

実際、デザインを施すデザイナー自身も
デザインに対する考え方が、人によって違います。

ですので、この記事では、
僕の意見であるということをご了承ください。

その上で、デザインとは、
思想、設計、意匠が有機的に癒合して
作り上げられるものだ考えています。

目次

デザインの種類とこの記事での話すデザインの分野

繰り返しますが、デザインという言葉は、
本当に多岐にわたって使われています。

日本デザイン団体協議会には、
下記7つのデザイン団体が所属しています。

  • 日本空間デザイン協会
  • 日本パッケージデザイン協会
  • 日本グラフィックデザイン協会
  • 日本インテリアデザイナー協会
  • 日本ジュエリーデザイナー協会
  • 日本サインデザイン協会
  • 日本サインデザイン協会

当然、他にも〇〇デザイン協会みたいな団体は、

いくつも存在します。

こういったデザインの分野はいくつもありますが、
その分野を大きく分けると
平面的なデザインと立体的なデザインに分かれます。

平面的なデザインの一つに
グラフィックデザインがありますが、

このグラフィックデザインは、
想像しやすいと思います。

広告やポスター、本などは、
この平面的なデザインの範疇です。

WEBデザインやサインデザイン、
ロゴデザインもこの中に含まれます。

そして、立体的なデザインは、
インダストリアルデザインや
プロダクトデザインと言われ、
スマホや車、家具などがこれにあたります。

上記の〇〇デザイン協会のなかにあるジュエリーも
立体デザインの一つですね。

パッケージデザインは、立体的なデザインでありつつ
平面的な要素も含まれます。

また、ファッションデザインも、
基本的には立体デザインに含まれると思いますが、
Tシャツの柄のデザインは平面デザインの要素が強いです。

このように、平面デザインと立体デザインという
分け方自体もすべてのデザイン分野を網羅する
分け方ではないんですね。

また、建築もデザインの中に含まれるかは、
議論の余地があります。

建築デザイン(アーキテクトデザイン)
という言葉もある通り、
デザインの一つのジャンルということもできます。

ただ、建築は規模が大きく、
ランドスケープデザインや都市計画などの
範疇になることもあります。

また、家具などの延長線上に
建築を据える考え方もあります。

そして、

最終的な製品をつくる上で、もっと細かく分類され、
どんな色を使うかを考えれるカラーデザインという言葉もあります。

さらには、

第一生命ホールディングス株式会社は、
保険の販売員のことを生涯設計デザイナー
と言っていますし、

そのことが良いか悪いかは別として、
デザインという言葉は、とても多くの場面で使われています。

そのため、デザインとは何か?ということを
全てのデザインジャンルを
網羅するような説明は到底できません。

ですので、この記事では、立体的なデザインである
プロダクト(製品)デザインに絞って話を進めていきます。

同じような言葉に
インダストリアル(工業)デザインというのもありますが、
ほぼ同じ意味とします。

また、クラフト(工芸)デザインは、
少し意味合いが違ってきます。

クラフト(工芸)というのは、
1点ものを基本にしています。

一方、プロダクトデザインは、
大量生産を前提にしています。

ただし、
プロダクトデザインの要素を含んだクラフトもありますし、
クラフト的要素を含んだプロダクトデザインもあります。

しかし、話がややこしくなるので、
クラフト(工芸)は1点ものを基本にするとします。

そう言った意味では、建築も大量生産をいうより、
1点もの物の要素が強いです。

ですので、ここでは、建築は省きます。

まとめますと、

この記事でのデザインとは、大量生産を前提とした
プロダクトデザインのことを指します。

多くの人が持つ「デザイン」への誤解──意匠だけがデザインではない

現代では、SNSや広告が
“ビジュアル”のインパクトを強調し、
誰もが「見た目=デザイン」と思いがちです。

確かに意匠(外観の造形など)は
デザインにおける重要な要素です。

  • 素材の質感
  • 装飾
  • ロゴの配置
  • シルエット

これらは、
初対面の印象を決定づける役割を果たします。

しかしこれらは、
デザインの“表層”でしかありません。

本来のデザインには、
もう一つの側面があります。

それが「設計」という視点です。

デザインには「設計」と「意匠」という二つの顔がある

●(1)設計としてのデザイン

設計は、機能・構造・使い心地・耐久性など、
“目立ちにくい部分”を形づくるものです。

万年筆で言いますと、

  • 重心の位置
  • 手に持ったときの重量バランス
  • 使う人の手の大きさ
  • 長時間使ったときの疲労感
  • 力の入り具合
  • 構造の安全性
  • 持続可能な素材選び
  • 長年の使用に耐えうる素材や構造
  • 持った時の手触り

これらのことを考慮して、形や素材を決めていきます。

決めていく”というより、“決まる”と言った方がいいです。

家具を開発していたとき、
僕はよくこう思いました。

見た目(意匠)の良し悪しは、
見ればすぐにわかります。


しかし、設計の良し悪しは
“時間を経て初めてわかる”
部分もたくさんあります。

これは万年筆も同じです。

書き出しの軽さなどの書き心地、
ペン先のしなり、
持ったときの重心、
軸の太さやキャップの着脱の感触などは、すべて設計の世界。

特に万年筆は、長い間使っていくと、
使い手に馴染んできます。

その馴染み具合は、
長く使っていくうちに徐々にわかってくるものです。

ですので、パッと見ではわかりにくいが、
確実に“使い心地”に影響します。

●(2)意匠としてのデザイン

意匠は、プロダクトの外観・見た目を形づくるものです。

  • 質感
  • 形状
  • 装飾
  • ロゴの位置

多くの人が「デザイン」と言って
イメージする部分だと思います。

特に平面系のデザインには、
そのように思われる傾向が強いように感じます。

広告やWebなどのデザインは、
色や形、文字の大きさやフォントを“かっこよく”するもの。

そんな風に思われている方も
多いのではないでしょうか?

しかし、文字の大きさや色にしても
視認性、誘目性を考えて“設計”しているんです。

要は、目立ちやすいと同時に
見やすく読みやすい設計にしています。

意匠は、その製品が持つ“メッセージ”や“佇まい”を伝え、
ユーザーの感情に直接働きかけます。

良い意匠には、
“機能性を引き立てる”
“使う人の心を整える”

という役割があるように感じます。

●設計と意匠は対立しない

多くの人は、
「機能性」と「見た目の美しさ」を
別物として扱われているように感じます。

その「機能性」を設計、
「見た目の美しさ」を意匠
と言うとわかりやすいと思います。

しかし本来、
設計と意匠は“車の両輪”です。

どちらか一方が欠けると、
長く愛される製品にはなりません。

いや、本来は、
設計と意匠は、一つの輪に統合されるべきものだと思います。

意匠と設計は、
これは意匠の範疇、これは設計の範疇
と明確に分かれるわけではありません。

上記の設計の項目で「持った時の手触り」
意匠の項目で「質感」と書きました。

この二つの「持った時の手触り」と「質感」は、
同じような意味合いになります。

意匠と設計の共通項目もいくつもあります。

「装飾」は何のためにあるのか──昔の装飾は“権威の象徴”だった

ここで、“意匠の中の重要な要素”として、
装飾について触れたいと思います。

今日僕たちは、装飾を
「おしゃれ」「豪華」「華やか」
という軽いイメージで見がちです。

しかし、装飾には本来もっと深い意味があります。

●古代から近世まで:装飾=権威の可視化

かつて装飾は、
「権力の象徴」「身分の証明」
という役割を持っていました。

王の椅子が金で覆われ、
刀の鍔(つば)に細工が施され、
蒔絵・象嵌・彫刻が贅沢に使われたのは、
単なる“美しさ”だけではありません。

装飾とは、
「私はこの社会的地位にある」
というメッセージだったのです。

●装飾は“情報”だった

読み書きできる人が限られていた時代、
文字よりも装飾の方が権力を示す情報でした。

人々は、模様の複雑さ、材質の珍しさ、装飾の量によって
相手の立場を理解していました。

つまり装飾とは、
権威・身分・思想の表現だった。

誤解を恐れずに言ってしまえば、
装飾は、無駄なものなのです。

装飾がなくても機能として成立する。

装飾とはそういうものだと思っています。

そんな無駄なものをあえて施す。

そこに権威性を見出してきました。

近代デザインが「装飾を剥ぎ取った」理由

19〜20世紀、産業革命を経て、
装飾は急速に姿を変えていきます。

建築家アドルフ・ロースの有名な言葉があります。

“装飾は罪である(Ornament and Crime)”

彼は、権威の象徴だった装飾を批判し、
「機能に忠実で、無駄を排したデザイン」を提唱しました。

●なぜ装飾が否定されたのか?

理由はいくつかあります。

1.大量生産に適さなかった
産業革命時、プロダクトの大量生産が行われ、
複雑な装飾は手作業が必要で、
量産できなかった。

2.権力の象徴としての役割を失った
民主主義の広がりとともに、
装飾は“階級の象徴”という意味合いが薄れた。

3.新しい思想が求められた
「みんなが使えるデザイン」が求められた時代。

装飾というのは、なくても機能すると書きました。

もっというと、
あると邪魔で使いにくいこともあるんです。

こうして、近代デザインは装飾をそぎ落とし、
“シンプルな機能美”へ向かっていきました。

日本における民藝とは

欧州では、近代デザインが装飾を否定し、
機能性と素材の純粋性を求めていった時代、
日本でもこのような流れと共鳴する思想が生まれています。

それが「民芸運動」です。

柳宗悦氏が提唱した民芸は、
「無名の職人が生活のためにつくる日用品こそ美しい」

という考えを中心に、
装飾よりも“用の美”を重視しました。

これは、権威の象徴としての華美な装飾ではありません。

生活に根ざした機能と
素材の自然な姿に価値を見いだすものです。

近代デザインが辿り着いた
“装飾からの解放”と深く共通します――

この“用の美”の「用」は設計、
「美」は意匠を言い換えることもできます。

柳宗悦氏は、
「用と美は一つである」と言っています。

上記にて
「設計と意匠は、一つの輪に
統合されるべきものだと思います。」と書きましたが、

まさにこのことです。

●装飾の否定は創造のはじまり

装飾を否定したことで、
逆に“素材そのものの美しさ”が見直され、
形そのものの純度が高まりました。

今日のプロダクトデザインにおける
ミニマルな美しさの多くは、
この思想から生まれています。

現代の装飾は「意味のある美しさ」へ進化した

現代でも、装飾は完全には否定されていません。

当然、権力の象徴としての装飾も残ってはいます。

しかし、クラフト的要素の強い製品です。

大量生産を前提としたプロダクトデザインにおいて、
権威の象徴としての装飾は、影を潜めています。

むしろ、


「何のために装飾するのか」が重要視されています。

  • 使い手の気分を変える
  • 所作を美しく見せる
  • ブランド思想を表現する
  • 製品のストーリーを補う

などが、装飾の役割としてあります。

現代における装飾は、
そのような『心の豊かさ』や『個性の表明』
という新しい役割を担っています。

なぜプロは「意匠」より「設計」を重視するのか?そして、根底にある「想い」

私は家具開発に携わっていた頃、
どれほど外観が美しくても、
構造が弱い家具は、時間に耐えられない
という現実にたびたび直面しました。

それは、当たり前のことです。

カッコ良くてもすぐ壊れたら、使い物になりません。

また、細くて長い椅子の脚は、一見すると美しく見えます。

しかし、細ければ細いほどいいというわけでもありません。

華奢に見えてしまいます。

一方、脚が太すぎる椅子は、不恰好と捉えがちです。

しかし、重厚感を与えます。

どちらがいいというわけではありません。

そこに、どのような意図があるかが重要です。

また、設計と意匠は、
常にせめぎ合いを繰り返しています。

世に送り込まれたプロダクトは、
設計と意匠のすり合わせの結果だとも言えます。

そんなせめぎ合いやすり合わせ結果が、
“妥協”だとしたら、
いいデザインではありません。

本当にいいデザインは、
設計と意匠が融合し調和します。

では、“設計と意匠が融合し調和”するとは、
どういうことなのかと言いますと、
それが、上記した“用の美”というものだと考えています。

20世紀初期にアメリカの建築家、ルイス・サリヴァン氏は、
「形態は常に機能に従う(Form ever follows function)」と言いました。

この「形態は常に機能に従う」というのは、
設計と意匠が融合し調和している状態と言えるのでしょう。

上記した、民芸運動の考え方に近いですね。

民芸運動の中には、
「美も醜もないところに本当の美がある」
という言葉があります。

意匠によって、美しくしようとしすぎると、
かえって醜いものになってしまうんだと思います。

それでは、機能とはなんなのか?

それは、人間工学的な使いやすさを基本としていると思っています。

ただ、それだけではなく、
心が休まる、穏やかな気持ちになるということも
機能に入ると思うようになりました。

この「精神的な機能性」は、
効率重視の現代において、とても重要な機能になるのではないでしょうか?

このように
デザインに、どのような機能を持たせるか?
ということが重要になってきます。

さらには、どのような意図を持ってデザインするか?
ということが重要になってきます。

その意図を叶えるためには、
どのようは形状が好ましいか?

そして、
デザインプロセスというのは、
このような流れで行われることが望ましいと思っています。

その意図というのは、思想と言い換えることもできます。

見た目がキレイでも、
きしむ様な椅子は、良いデザインではない。

逆に、外観は控えめでも、
10年、20年と使える家具は、
見えない部分に強い思想があります。

●思想は“真似できない”

意匠は、写真を見ればすぐに似せられます。

しかし思想は、製品の内部に隠れているため、
コピーしようとしても簡単ではありません。

思想こそが、その製品の“人格”のようなものです。

基本的には、製品は企業によって大量生産されます。

その会社によって異なると思いますが、
一つの商品が出来上がるまでには、

営業部、マーケティング部、製造部など
多くの部署が関わります。

または、上層部の幹部役員の意向なども絡み合います。

営業部からは、売りやすさ。

マーケティング部からは、顧客ニーズとの合致。

製造部からは、作りやすさ。

こう言った要求が、複雑に絡み合いながら、
製品は形づくられていきます。

そのため、明確で確固たる思想がないと、
どっち付かずの製品になってしまいます。

一つの商品が作り上げられるプロセスに置いて、
様々な横槍が入り、議論が重ねられ、試行錯誤し、
作っては壊しを繰り返します。

そして、当初思い描いていた思想が崩れなかった時に、
最終的に出来上がった製品には、
人格が宿るのだと思います。

「関わる多くの人の要求(営業・製造など)を否定せず、
解決策を見出すのが、設計士やエンジニア、デザイナーの腕の見せ所です。

すべての要求を包み込んで高い次元で融合し調和した時、
そこに『凛』とした美しさが宿ります。

だからこそ、簡単には真似できないんです。

ものづくりのプロは、そのことを明確に認識しています。

デザインのベースとなる思想

思想というと、なんだか難しいと思ってしまうかもしれませんが、
「想い」というとわかりやすいかもしれません。

どのような「想い」で、そのデザインが生まれたのか?

思想とは、そういうモノだと考えて貰えば良いと思います。

今日、私たちの周りにはモノが溢れています。

それなのに、

なぜモノを作り続けているのでしょうか?

ここでまた原点に戻って
デザインとは、何か?
ということについて考えてみたいと思います。

結局のところ、デザインとは
問題解決の手段なのです。

何かしらの問題があるから、新しいモノが生まれます。

そして、そこにデザインが施されるわけです。

山本雅也氏は、自身の著書「インハウスデザイナーは蔑称か?」にて

デザインの役割とは、「人々の生活を幸せに、豊かにすること」

と書いています。

僕たちは、幸せに、そして豊かに生活したいんです。

しかしながら、
何かしらの心配事、不安、不便さ、と言った
不満や問題を抱えながら生きています。

そのような問題を解決することによって、
「人々の生活を幸せに、豊かにすること」ができるんだと思います。

デザインには、その力があるんです。

OXOは妻の問題を解決することから始まった

キッチンメーカーのOXOを例に出します。

創業者のサム・ファーバー氏の奥さんが、
関節炎で料理をする際とても痛がっていました。

そこで、彼は

誰でも持ちやすいキッチンツールを作ろうと決意します。

そして、次のような企業理念が生まれました


OXOは毎日の生活を快適にする、
革新的な製品開発を続けています。

私たちは、右利き、左利き、老若男女
さまざまな人がどのように製品を使うのかを研究し、
最適な改善策を見つけ出します。

私たちの、何事にも疑問を持って取り組み、
絶えず細部に配慮する姿勢が、
日々の生活を快適にする製品作りを支えているのです。
(OXOのHPより抜粋)

https://www.oxojapan.com/our-philosophy

こういったものが、
これまで書かせていただいていた思想というものです。

企業理念だとか、デザイン哲学なんて言い方もしますが、
結局のところ思想=想いだと思います。

OXOの商品によって、多くの人が、
キッチンでのやりにくさを解消してくれました。

僕もOXOのキッチングッズをいくつか使っていますが、
とても使いやすいです。

キッチンで料理をすると言う行為が、
楽で、楽しく、豊かなものにしてくれています。

意匠だけのデザインが生む3つの問題

デザインというのは、
思想、設計、意匠が三つ巴になって絡まり合って成り立っています。

そして、良いデザインの根底には、

思想があり、
その思想を叶えるため設計され、
最後に意匠が施される。

このような順番になっていると
スムーズに商品が形作られると考えています。

意匠というものは、料理で言うところのスパイス。

その料理の引き立て役。

決して、主役になってはいけないものです。

そう言った意匠に偏ったデザインは、
次のような問題を生みます。

  1. 飽きる
    表面的な美しさは、時間の経過に耐えられない。
  2. 使いにくい
    手が疲れる、操作しづらいなど、ストレスが蓄積する。
  3. 壊れやすい
    構造設計が弱いため、長く使えない。

つまり、
短期的には魅力的に見えても、
長期的には価値を失ってしまうのです。

良いデザインは「時間」に耐える──所作・行動・習慣を変える力

良いデザインは、
人の行動をそっと整えます。

例えば、丁寧にデザインされた万年筆を手にすると、
自然と字が丁寧になります。

  • 速く書こうとしなくなる
  • ペンを持つ姿勢が整う
  • 余白を大切にする
  • 手帳やノートを開く時間が心地よくなる

丁寧にデザインされたプロダクトは、
“生活の中で使う時間”によって、人を変える力を持っています。


“人の時間の質”を変えるんです。

デザインには、そんな力があると僕は信じています。

丁寧にデザインされた万年筆には、
書く時間の質を変えてくれるんです。

万年筆という“思想の塊”──意匠と設計が融合した道具

万年筆は、デザインの本質がもっとも凝縮されやすい道具です。

  • 軸の太さ
  • 重さ
  • 手に持ったときの温度
  • キャップの開閉の感触
  • ペン先の弾力
  • 線の太さ
  • 素材の質感
  • 装飾の有無

万年筆を形づくる要素は、まだまだたくさんあります。

そのどの要素に重きを置くかは、どのような思想かによります。

その思想を叶えるために、どのように設計して、どのような意匠を施すか?

思想と設計、そして意匠が融合して初めて成立します。

万年筆の世界には、
近代デザインが剥ぎ落とした装飾とは異なる、
“意味のある装飾”が生き残っています。

金属リングの一筋、
ペン先の彫刻、
樹脂の透明度、
キャップの段差。

これらは、権威の象徴ではなく、
書く人の所作を整えるための装飾なんだと思います。

デザインとは“見えない仕事”の集積である

この記事では、

  • 設計
  • 意匠
  • 装飾の歴史
  • 近代デザインの思想
  • プロの視点
  • 万年筆に宿る思想

これらをお伝えしてきました。

デザインとは、
色と形の美しさだけで語れるものではありません。

そして、
見えない部分にこそ、本当の価値が宿ります。

万年筆を選ぶとき、
あなたの中に少しでも
“道具を見る新しい視点”が生まれたなら嬉しく思います。

これからこのECサイトでは、
単なる“おしゃれな万年筆”ではなく、
思想・設計・意匠が丁寧に詰まった一本
を紹介していきます。

あなたの手元に、
長く寄り添う一本に出会えますように。

デザインは、人間の問題を人間が解決する手段です。

そこには、泥臭い人間味あふれた思想が介在しています。

その思想(想い)こそが、デザインの本質であり、
その思想(想い)をカタチにするプロセスがデザインだと思います。

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